医療事務 勉強方法&実務体験談

幼稚園教諭 私の経験談

代用教員

かわいい三歳児

私が担任するのは三歳児でした。おままごとのようなかわいい椅子がサークル上に並んでいる保育室。壁面には子どもたちの誕生日が書き込まれたかわいい壁画、そして子どもたちの描いた絵が張ってありました。産休に入る担任の先生は、担任する子どもたちの呼び名から、性格などを書いた物を下さりそれをもとに保育がスタート。

必死の保育

子どもたちは、新米先生にとても協力してくれ、頼ってくれました。紙芝居の時間も毎日あり、慣れない私は喉にとても力が入り、咳き込んでく苦しそうにしていると、気の毒そうな表情の子どもたち。「だいじょうぶ?」「お水をごっくんするといいんだよ」と聞きにくい紙芝居を読む私を気遣う子どもたちの瞳は、今でもよく覚えています。「なんて優しいんだろう」「なんてかわいいんだろう」私は毎日のように感動しながら過ごしていました。どっちが保育しているんだか・・・・という感じでしたが。

行事がいっぱい

私が代用になったのは、ちょうど二学期で行事がいくつもありました。運動会やお芋掘り遠足、クリスマス会。どれも新鮮でした。でも、代用のため行事の仕事は他の先生たちが配慮してくださっていましたので、それほど大変でもなく、日々の保育を中心にできるようにしてもらっていました。

また、担任の先生が書いてくれた一人ひとりの記録はとても役に立ちました。なかよしさんやその子のすきな遊びなど簡単なものでしたが、助かりました。さすがにベテランの先生でした。

あっという間に、契約期間は終わってしまいました。短期間でしたが、先生方にもお別れの挨拶をして、また職安に再登録していた数日後のことでした。同じ園から、今度は違う先生の体調が悪く、入院になったので、また来てほしいとのこと。大喜びをしたのは言うまでもありません。しかし、その先生が復帰すると即退職なので、複雑な思いの日々でした。

合同採用試験

もしかすると、このまま採用になるかも・・・・と淡い期待を持っていた私に、園長は私立幼稚園協会の"合同採用試験"を受けるよう勧めました。「やはり本採用は無理なのか・・・」とがっかりしながらも、「まだわからない」との言葉ももらっていたので、本採用になる可能性にかけていました。しかし、せっかくのおススメなので、「これも勉強」と試験を受けることにしました。

会場は、ある園の遊戯室。かなり大きな園で、広い遊技室には、80人ほどの受験者が集まっていました。筆記試験は、学生現役ではない私には不利でしたが、それほど難しいものではなく、日常知識の範囲だったと思います。

筆記(一般教養、適正)、実技(ピアノ、素話)を終え、試験に対してあまり準備をしていなかったので、あまり自信はありませんでしたが、実際に保育を体験している強みか、落ち着いて受験することができたように思います。

一次試験、二次試験

後日、一次試験の合格通知が届きました。そして間もなく、ある園の園長から会ってみたいとお電話をいただきました。二次試験の前に会っておきたかったと、よかったら来てくれないかとも言われました。しかし、その園は音楽に力を入れており、私の保育観に隔たりを感じました。また、代用教員の園より給与が高いはずだと言われると、それもまた違和感を感じました。結局断ることにしましたが、やりがいや自分の保育の満足度から考えても正解だったように思います。

その後、二次試験には、25人の受験生がいました。そこには、国立幼稚園でパートをしている人もいました。そこでは、絶対に採用の可能性がないため、この試験を受験したとか、国立幼稚園は年配の人が辞めても年配の人が補充されるとのことでした。

試験は、面接と作文でした。作文の課題は「こんな先生になりたい」だったと思います。また、面接は集団面接。5人ずつの面接でした。一番困ったのは、「最近読んだ本とその感想は?」という質問でした。次々と他の受験者が保育本や保育に関わる本の名前と感想を答える中で、私は一人焦ってしまい、頭の中はぐちゃぐちゃ・・・・。私が最近読んだものと言えば、数ヶ月前で、遠藤周作の「王妃マリーアントワネット」という小説。全く保育と関係ありませんでした。しかし、他の本がどうしても思い出せず、その小説から無理やり保育につなげ、苦肉の策といった答えを出しました。

二次試験に受かった人は、最終選考に残ったということで、後は各園からの誘いを待つだけでした。皮肉にも、一次試験に落ちたにもかかわらず縁故で採用になった人がいたり、試験に受かってもどこからも声がかからずに一般企業に就職した人がいたりと、どうも幼稚園教諭に縁がない人も実際いたようです。

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